射「すっかり暗くなってしまいました……」
チ「今日は満月だねー」
撮影に夢中になっていたら、いつの間にか夜の帳が降りていたらしい。
昼から天気は良かったが、いまや雲ひとつ無い空にはいくつもの星と煌々とした月が光っていた。
淡い光がすぐ傍の湖面を打ち、キラキラと反射光を撒き散らしている。
撮影を始めたのはお日様が真上に来る前だった。
暦の上では、ついこのあいだ夏至を過ぎたばかりのはずなので、
感覚的にはそうでもないのだが、実は相当長い時間撮影に集中していたことになる。
流石に少しハイペース過ぎたかもしれない。と、少し不安になった。
個人的に、撮影対象者に負担をかけるのはあまりよろしくないと思っているし、何より相手が相手だからである。
気になってそちらを見てみると、肝心の被写体は手を天にかざしていた。
良く見ると片目をつむっていて、もう片方の開いた目で何かを熱心に見ているようだ。
その視線の先をたどってみると、夜空に輝くまあるい輝き。
パッと見た所、疲れた感じは見受けられない。が、その行動がちょっと、いや、かなり、気になった。
射「……なにをしているんですか?」
.
チ「えー?だって次って”仰ぎ見る”でしょ?」
こちらの問いに返ってきたのはそんな答えだった。
どうやら彼女はまだ撮影を続けるものと思っているらしい。
射「確かに次は仰ぎ見る、ですけど……続きは明日になってからのほうが……」
チ「なんで?あんたの『かめら』って夜でも平気なんでしょ?」
射「ええまあ……撮れるには撮れますが」
私のカメラは特別製で、夜でもしっかりと対象を捉えることが可能なシロモノである。
弾幕を撮影したりするにはそのほうが丁度いいからだ。取材は昼ばかりとは限らない。
だがしかし、私としてはこのまま撮影を続行する気はあまり無かった。
いくら撮れるからと言っても、やはり昼のほうがはっきり写るのは間違いないし、補正の手間もない(?)し、
なにより……夜の月明かりの下の空気は彼女を撮るのに相応しくない。と私は感じていた。
彼女の容姿、性格を考えたとき、お昼間の燦々と輝く太陽の下で撮るほうが、より映える、と思ったのだ。
が、
チ「じゃあなーんももんだいないじゃん」
……そんな私のこだわりなんて、彼女は全くお構い無しのようだ。
月の光を全身に浴びながら、いっしょうけんめい手を伸ばしている。
チ「それに、あたいは今、仰ぎ見たい気分なのっ」
その答えは、いかにも、妖精である彼女らしい。
だが、まあ百歩譲ってそれはそれで別に良いのだけど、そもそも私が聞きたいのはそういうことではない。
射「それは良いんですが……さっきから一体何をしてるんですか?」
もう一度質問する。
チ「だから仰ぎ見てるんだってば」
いえだから、そうじゃなくてですね……
射「……ですから、何故さっきから手をかざしてるんですか?」
チ「ん?ああ、これ?」
どうやら質問が悪かっただけらしい。流石に今度はちゃんと反応が返ってきた。
さらに質問をぶつけてみる。
射「ええ。お日様じゃあるまいし、まぶしくないでしょう?」
チ「違うよ。まぶしくはないし」
射「では何か意味が?」
チ「んっと、これはねー」
そういって、彼女は息をひとつつくと、
『手をかかげて 片目つぶり 指の隙間から 月を覗く ♪』
透き通った声で短い詩のような文句を歌ってくれた。
射「……はい?」
こちらは当然わけがわからない。
チ「歌なの」
それはわかります。
チ「でね。歌のとおりにしてるってわけ」
射「指の隙間から月を覗いてる、と?」
チ「うん。そうそう」
彼女が言うには、
人の里で一時期、『弾き語り』という外の世界の職業が流行ったことがあるのだが、
そのとき、それを伝えた外の世界の人間がよく歌っていた歌らしい。
そこまで聞いて思い出した。私も確か、一度取材しに行ったことがある。
ギターという、バイオリンと似ているのだけれど、弦ではなく、主に指ではじいて弾く楽器を鳴らしながら
自作の歌を謳いあげるという、一見地味だけれど、ムードのある演奏だった。
残念ながら外の世界の出来事を謳った歌だったので、歌詞の内容も半分くらいしかわからなかったのだが……
……全体的に、失恋や挫折を詠ったものが多かったように思う。
射「それはまた随分と……」
チ「なによ、悪い?」
射「いえ、悪くは無いですが似合わないな、と」
チ「え~?なんでよ」
率直な感想だった。
陽気を好む妖精が、ましてや彼女がそんなことに興味を示すとは。
月に手を伸ばす、だなんて『絶対に届かないものに手を伸ばす』事の象徴じゃないか。
いつも無鉄砲で、特に後のことを何も考えずに行動して、常に最強を自負してやまない彼女が。
そういうことをするとは、実に意外だった。
射「そんな感傷的なことを、妖精である貴女が好むとは思わなかったんですよ」
チ「カンショウ……?難しい言葉はよくわかんないけど……楽しいじゃない」
射「楽しい?」
チ「うん」
これまた意外だった。楽しい?何故?
疑問はすぐに口をついて出た。
射「それの一体何が楽しいんですか?」
チ「うーん、だって」
人は片目だけでものをみると、遠くにあるのか近くにあるのか判りづらくなるという話を聞いたことがある。
だから、片目を閉じて指の隙間から月を見れば、当然、目の錯覚によって月がすぐそこにあるように見える。
つまり彼女はその錯覚を楽しんでいたのだ。
射「……!」
決して届くはずの無いものを、さも届きそうなものとしてみる。最高に前向きな考え方。
随分前に聞いた曲のイメージが、がらりと変わっていた。
なんてこと。まるで彼女にぴったりの曲じゃないか。
射「…………」
私も手を掲げてみた。月へ向かって、まっすぐに。
次いで片目をつぶる。指の隙間から落ちる月光へ、もう片方の目をやってみた。
なるほど。確かにすぐそこに、今にも掴めそうな所に月があるように見える。
けれど、そこには絶対に手など届かないことを、月など掴めるはずがないことを、私は知っていた。
チ「ね?」
楽しそうに月の光を浴びる横顔を見る。
夜だというのに、昼間の太陽のような笑顔が輝いていた。
もしかしたら、この純粋な妖精は、いつかそれを為してしまうのかもしれない。
もし本当にそうなったら、おいそれと取材なんてできないだろう。
それが遥か、那由他の彼方の可能性だとしても、その結果を考えるには十分すぎる光景だった。
射「……そうですね」
ふとそんな妄想が頭をよぎり、何を馬鹿なことを、と首を振りつつ、私はカメラを構える。
ファインダー越しに見た光景は、背後の湖よりキラキラと光に満ちて見えた。
……なんだ。夜なんて全く関係なかったじゃないか。
自分の認識を大幅に改めつつ、私は安心して、シャッターを切った。
所要時間:
・絵1
下書き含、落書き2時間39分+塗り1時間ちょい
・絵2
落書き40分くらい+塗り1時間半ちょい
・文
6時間くらい
疲れた orz
とりあえずひとつだけ補足
文中の歌は、浪人時代に某所の路上で聞いた、とあるバンドさんの曲を勝手に引用しています。
16番、仰ぎ見るというお題を見て、その曲のイメージしか浮かばなかったのでこうなりました。
で、練習がてらやりたいことをやりたいようにやっていたらいつのまにかこんなことに。
おれ、マジ⑨
なんというかもう、今回は突っ込みはナシの方向で。色々と。